職場で、いつも元気な人が静かに座っている。そんな場面に気づいても、「声をかけていいのだろうか」と迷うことはありませんか。
私は精神科看護師として、20年働いています。ただ、職場で同僚に声をかけた場面は、数えるほどです。仕事以外の集まりのほうが、多かったかもしれません。「何か言わなければ」と身構えるほど、言葉は出てこなくなるものです。
それでも、その数回で学んだことがあります。この記事では、精神科の現場で身につけた考え方を、職場や身近な人づきあいに置き換えて、しんどそうな人への声のかけ方としてお伝えします。読み終えるころには、まず何をすればいいかが、見えてくるはずです。
- 様子がいつもと違う同僚が気になる
- 声をかけて嫌がられないか不安
- 何と言えばいいか分からない
- 余計なお世話にならないか心配
声をかけても、迷惑じゃないかな。
特別な技術はいりません。まず「いつもと違う」に気づくところから始めましょう。
しんどそうな人に気づくサイン3つ

声をかける前に、まず必要なのは「気づくこと」です。ここでお伝えするのは、診断や病気の判断ではありません。あくまで、いつもと違う変化に目を向けるための目安です。私が現場や職場で見てきたサインを、表情、身なり、反応の3つに分けて紹介します。どれも特別な知識がなくても、普段のその人を知っていれば気づける変化ばかりです。まずは、身近な人の様子を思い浮かべながら読んでみてください。
表情と口数の変化
表情が乏しくなる、口数が少なくなる。これが、最初に目に入る変化です。
普段はよく笑う人が、笑わなくなる。それだけでも、大切なサインだと私は考えています。
身なりと集中力の変化
身なりが、いつもより雑になっている。気を回せていない。話しかけても、上の空に見える。そうした様子は、余裕がなくなっているときに出やすいものです。
- 服装や髪型への気配りが減る
- 目の前のことに集中できない
- 周りへの気遣いが減る
こうした変化も、普段との比較で気づくものです。
反応が遅くなる変化
呼びかけへの反応が遅くなる。質問に答えるまで、間が空く。仕事の動きが、いつもよりゆっくりになる。
こうした変化は、本人も気づいていないことがあります。普段を知っているからこそ、周りが気づけるのだと思います。
相手に興味がなければ、何とも思わずに通り過ぎてしまいます。好きの反対は無関心だと、私は思います。
ただ、人の様子に気づきやすい人ほど、気にしすぎて疲れてしまうこともあります。そんなときは、人の顔色を伺いすぎて疲れた時の考え方も、あわせて読んでみてください。
精神科看護師が声をかけた場面

ここでは、私が職場で実際に声をかけた場面を紹介します。20年働いて、こうした場面は数回でした。多くはない経験ですが、静かに見守ってから声をかけるという流れは、今もよく覚えています。個人が特定されないよう、一部をぼかして書いています。場面を通して、どのタイミングで何を意識して声をかけたのかを、順を追ってお伝えします。
挨拶がなかった朝
いつも元気に挨拶をしてくれる職場の人が、ある日、挨拶なしに出勤してきました。
「疲れているのかな」と思い、その日はまず見守ることにしました。
休憩中に声をかけた理由
休憩のとき、ちょうど2人になれたので、「なんか疲れてない?」と、軽く声をかけてみたのです。
- 周りに人がいない
- 仕事の最中ではない
- 自然に話せる流れ
こうした条件がそろったときが、声をかけるタイミングです。
話を聴いたあとにしたこと
話を聴くと、睡眠不足で、あまり眠れていないとのことでした。仕事に影響が出そうでも、休めなかったそうです。
責任感があるのは大切なことです。ただ、体調が万全でないと、良い仕事はできません。そのことを伝えました。
そのうえで、使える制度があるので上司に相談してみてはどうかと、聴いたあとで提案したのです。その日は仕事の内容を調整し、早めに帰れるよう配慮しました。
しんどそうな人への声のかけ方

声をかけるときは、「何を言うか」より「どう話しかけるか」が大切です。うまい言葉を探すより、相手が話しやすい状況をつくるほうが、気持ちは伝わります。私が意識していたのは、場所、話し方、見守り方の3つでした。この3つの土台にあるのは、相手に負担をかけないという、ひとつの考えです。順番に、理由とあわせて紹介します。
周りに人がいない場所を選ぶ
周りに人がいると、話しにくいものです。私自身も、そう感じます。
声をかけるときは、人のいない場所を考えます。休憩室の隅や、廊下の端などが、その候補です。
テンションを落としてゆっくり話す
相手が沈んでいるときに、元気なテンションで話しかけるのは、場違いだと感じます。
少しテンションを低くして、ゆっくり話します。相手の呼吸に合わせるイメージです。
- 声のトーンを少し落とす
- 話すスピードをゆっくりにする
- 相手の返事を、急かさず待つ
見守っていることは伝えない
「ずっと見ていたよ」と伝えると、相手は気を使ったり、負担に感じたりするかもしれません。
私は、こちらが勝手にやっていることだと考えて、静かに見守るようにしています。声をかけるのは、2人になれる休憩など、自然なタイミングです。
やってしまいがちなNG対応

しんどそうな人を前にすると、「何とかしてあげたい」という気持ちが強くなります。その気持ちはやさしさから生まれるものですが、時にかえって逆効果になることがあります。私自身も、ついやってしまわないように気をつけている対応が、3つあります。ここでは、その3つと避けたい理由を紹介します。声をかけたあとの関わり方を、見直すきっかけにしてください。
すぐに答えを出そうとする
相手の話を聴きながら、解決策を探してしまう。誰にでもあることです。
ただ、相手が求めているのは答えではなく、聴いてもらうことの場合も多いと感じます。
話を聴く前にアドバイスする
アドバイスは、悪いことではありません。大切なのは、順番です。
先に聴いて、必要なときだけ伝える。前の場面でも、制度の相談を提案したのは、話を聴いたあとでした。
聴きながら返答を考える
相手が話している最中に、次の返事を考えている。これも、やってしまいがちなことです。
- 相槌を打ちながら、頭の中は次の言葉を探している
- 相手の話の途中で、つい言葉を挟む
返事を考えるのをやめて、ただ聴く。それだけで、伝わり方が変わると感じています。
「大丈夫」と言われた時の対応

勇気を出して声をかけても、返ってきたのは「大丈夫」の一言だけ。そんなとき、どうすればいいのか迷うかもしれません。私にも、同じ経験があります。うまくいかなかったと感じる場面でも、実はできることが残っています。基本にしているのは、深追いしないことです。距離の保ち方と、そのあとの関わり方を、3つに分けてお伝えします。
深追いせず距離を保つ
「大丈夫」とだけ言われたときは、それ以上、無理に聞き出しません。
それまでの関係性ができていないと、本音は話してもらえないと感じました。サポートできる距離で、見守ります。
先回りして負担を減らす
話を聴けなくても、できることはあります。たとえば、大きなミスにつながらないよう、先回りして気を配ることです。
- 仕事の抜けがないか、さりげなく確認する
- 負担が大きそうな作業を、さりげなく引き受ける
相手に気づかれないくらいの、さりげない配慮がちょうどいいと思います。
もう一度声をかける機会を待つ
一度断られても、終わりではありません。表情や様子を見ながら、もう一度声をかけるタイミングを図ります。
焦らず、待つ。これも、大切な関わり方のひとつです。
つなぐ目安と心の余裕の持ち方

話を聴いても、自分だけでは難しいと感じることがあります。そのときは、無理に解決しようとせず、専門の窓口へつなぐことが大切です。同時に、支える側が疲れてしまっては、長く寄り添えません。ここでは、相談先の考え方と、命に関わる場合の対応、そして自分の心に余裕を持つ方法を紹介します。ひとりで背負わないための、大事なポイントです。
職場の中と外の相談先
相談先は、職場の中と外の両方にあります。
- 職場の中:上司、人事、産業医、社内の相談窓口
- 職場の外:厚生労働省の「こころの耳」など、働く人向けの相談窓口
「こころの耳」は、匿名・無料で相談できる窓口です。詳しくは、こころの耳の公式サイトをご覧ください。
命に関わる時の連絡先
命に関わる危険があると感じたときは、迷わず110番・119番、または医療機関に連絡してください。ためらわず、すぐに動くことが大切です。
相手を支えるときの「つなぐ」は、ここまでが目安です。
心に余裕(スラック)を持つ
気を張った状態では、相手を受け止められません。支える側は、自分の心に余裕(スラック)を持って過ごすことが大切です。
- 自分の睡眠や休息を、後回しにしない
- ひとりで抱え込まず、誰かに話す
- できる範囲のことだけをする
声かけに関するよくある質問

ここでは、しんどそうな人への声かけについて、よく聞かれる質問にお答えします。声をかけるか迷ったとき、あるいは声をかけたあとに不安になったときに、読み返してみてください。ただし、個別の事情によって、適した対応は変わります。あくまで一般的な考え方として、参考にしてください。心配が強いときは、専門の窓口に相談することも考えましょう。
声をかけるのはおせっかいですか?
相手との関係や、声のかけ方によります。「見ているよ」と伝えるのではなく、「なんか疲れてない?」のように軽く聞くくらいなら、負担になりにくいと私は感じています。相手に負担をかけないことが、基準です。
何も話してくれない時はどうしますか?
無理に聞き出す必要はありません。「大丈夫」と言われたら、深追いせず、距離を保って見守ります。関係性ができてから、また話せることもあります。
上司や年上の人にも声をかけていいですか?
立場に関係なく、様子が心配なら、声をかけて大丈夫だと思います。ただ、相手の立場を考えて、2人になれる場面を選ぶとよいでしょう。言い方は、やわらかくが基本です。
声かけのあとに私が疲れたらどうしますか?
支える側が疲れるのは、自然なことです。ひとりで抱え込まず、信頼できる人に話しましょう。自分の休息も、大切な対応のひとつです。
相談できる窓口はどこですか?
職場の中なら、上司、人事、産業医、社内の相談窓口があります。職場の外なら、厚生労働省の「こころの耳」などの窓口があります。ひとりで抱えないことが、いちばん大切です。
まとめ

しんどそうな人への声かけに、特別な技術はいりません。普段から関心を持ち、変化に気づき、まず聴く。それだけで、相手の負担は軽くなると私は考えています。うまく声をかけられなくても、気にかけている気持ちは、少しずつ伝わるものです。最後に、この記事のポイントを振り返ります。
- いつもと違う変化に気づく
- 人のいない場所で、ゆっくり声をかける
- 答えを出さず、まず聴く
- 「大丈夫」には深追いしない
- 必要なときは専門の窓口へつなぐ
- 支える側も、心に余裕を持つ
まずは今日、身近な人に「お疲れさま」と、ひとこと声をかけてみてください。その小さな一言が、相手の「ひといき」になるかもしれません。
